05年6月にNYで起業、兼大学院にて国際ビジネス学科を専攻。夢と元気をニューヨークから発信していくと共に、日々のニューヨークライフを語ります。


by aaandy0221

携帯電話

東京・下北沢。僕はこの土地で4年間の大学生活を過ごした。

先日、昔の携帯を見つけて久しぶりに電源を入れてみると、旧友や、大学時代のサークル仲間、昔の彼女とのメールのやりとりが保存されており、改めて、自分の過去は今の力になっているんだろうと思った。

僕が大学受験をする際、東京の大学に行くことを勧めた父さんは、口々に「東京はとっても楽しいところだぞ!」と言い、自分の大学時代を想いおこしたように懐かしがっていたのを僕は今でも覚えている。しかし、勉学と規律を重んじた男子校育ちの僕には、勉強、ゲーム、漫画を描くこと以外に興味はなく、大学に入ったら勉強せずに漫画を自由に書けるぞ!という想いが強かったので「楽しい」=「自由」だったのだろう。

お父さんと下北沢周辺の不動産屋さんを周り、おんぼろアパートで1ヶ月7万円の下宿先を決めたのはもう8年も前。下北沢の改札口を抜け、階段を下りて南口駅を出ると、マクドナルドやカラオケのネオンが燦燦と輝き、飲み会を控えた学生達が大勢集まってなにやら叫んでいた。女子の集団に勇敢な幹事らしき男が話しかけ、飲み屋へ引率していく様子を横目に見ながら、酒も女も遊びも知らなかった僕が飛び込んだ、「初めての挑戦」が始まった。下宿先が決まり、その足で父さんと居酒屋へ向かい、異国の地で父さんが過ごした東京の昔話、むろん女の話や危険な遊びも数々したことを語ってくれた。それが今まで父と子であった関係が、男と男の語り合いになった最初の瞬間でもあった。

大学初日、さっそく友達が4人でき、やっぱり男同士は楽だと思った。しかし、東京育ちの3人にとって、名古屋弁を話し、ださい服を着て、学食で「カレー」ばかり注文する僕に、早速、田舎者のレッテルを貼った。女の子と話すのはやっぱり緊張するし、カラオケもサークルも、女性がいるのがとても嫌だった。それでも案外、田舎者な人気というか、うぶに寄る好きものな女性が色々おり、友達達もナウい男の「いろは」を教えてくれ、「携帯」っちゅーもんを始めた買った。「ポケベル」を知らない僕が「携帯」で毎日女の子とメールできる!そりゃ~嬉しかったのなんの、友人と番号が増えていくのを競いあったくらいだ。友達が「1日50件もメールしちゃった・・」と授業中に話した時には、それはそれは自慢に聞こえたことか・・

d0039762_1152199.jpg
昔の携帯
d0039762_11521578.jpg
今の携帯


今では携帯で「インターネット」や「ゲーム」もできる時代ですが、当時は「電話」と「メール」の機能だけでした。今、アメリカで僕が使っている携帯も、「メール」どころか、「電話」の機能くらいしか使えません。電話は何台も何台も変えながら時代と共に新機種になっていくと同時に、自分の歩んだ軌跡がそこにありますね。「新しいことへ挑戦すること」は、常に支障がたくさんあります。そう、東京で田舎者と呼ばれ、女の子に振られながらも、カラオケや遊びを地道に鍛え、悔しいと思って徐々に克服していかねば、次はなかった。

あなたの携帯電話にはどんなメモリーがありますか?

[PR]
by aaandy0221 | 2006-09-08 11:52 | 僕について