05年6月にNYで起業、兼大学院にて国際ビジネス学科を専攻。夢と元気をニューヨークから発信していくと共に、日々のニューヨークライフを語ります。


by aaandy0221

カテゴリ:僕について( 92 )

人は誰でも「己の常識」があり、基礎に「社会の常識」があり、そのまた上に「法律」がある。

国が違えば己の常識は異なり、社会の常識も異なり、法律もいまや国際法が破られる時代となった。ただ、道徳、人権法という絶対に犯してはならない罪に対して、それを破るならば、それは誰が見ても明らかな犯罪となる。自分が正しいと思う道を素直にやればいいよ!ってなことを、子育てを終えた親はよく言うが、それも道徳、人権をしっかり教えて初めて己(子供達)の常識を肯定してあげることができると思う。

社会の常識は・・といえば、近年、「自分が思ったことをやる=夢の実現」が美しいという風潮が強いですね。「社会の常識なんて関係ない!」っと少なからず、僕自身もそんな感を受ける。だが、違う。「社会の常識とうまく付き合うことは、自分の夢の実現に最も助けとなってくれることであることを今は切に感じている。」

己の常識を保ち、輝き続けながらも、社会の常識とうまく付き合っていくことが、世の中なんとかやっていくために必要なんだと今は感じている。己の常識に自信を持ちすぎても、人から見ればあまりに狭く、結果が見えていることがある。だから周りは否定し、こうすべきでないと諭し、その意見に流されたことは勝者か、敗者か?なんて考えた時期もあった。私の親は少なからずはっきり否定する人だ。昔の頑固親父ばりの大否定をする。人は僕の親を理解ある人だ~というが、親父ほどうるさいものはいない。それでも親父の常識ともうまく付き合っていくことで、世の中数倍早く理解することができるようになるのも事実。

仕事も恋愛も己もたくさん否定されながら、僕は今ここにいる。否定されすぎて考えすぎたのか・・たくさん考えちゃったよ。今じゃすごく未来が見えるようになったよ(笑)。でも、今ここに立っている自分が、26歳になる自分がいる。

男は学歴?資格?可能性?確かに、あるとなしじゃ「社会の常識」の中では大違い。ないときには見えなかったものが、実際に見えたとき、やっぱないときの自分は未熟者だったのか?と感じる。悔しい。そんな学歴も資格もなくても生きれるのに、それがなければ将来は限定されてしまうのか。それが社会の常識なのか、「郷に入れば郷に従う」べきなのか?

現実はさもむごい。知らないもの、ないものは可能性すら失うのか?

これは現実世界のネガティブというもの。実際の自分はこれまで不満足に勉強をしてきたわけでもなければ、不満足に恋愛や仕事をしたわけでもない。しっかり楽しんで、それでも新しい世界を知って、次のステップへ来たのだと信じている。「やれるだけの力があるなら、やれることをする」、それしかない・・人生に優劣などつけても結局意味はない。幸せは、その人一人一人の観念であり、夢の大きさも、付き合う人によってこれまた依存していく。友人が国連で働くのでまたNY来るね~といった時、じゃあ僕は世界を知るべく若者を集めるね!って言った。僕ってそんなでかいこと言ったっけ?って思うが、これはポジティブの連鎖反応。現実レベルが高い人が語る夢は怖いくらいにでかい。僕は・・現実レベルは重要と思う。力を持つ、やりたいことができるような力を得た時、正しき方向に進めるように今も考えていきたい。
[PR]
by aaandy0221 | 2006-10-17 00:58 | 僕について
d0039762_594174.jpgここ数日、久しぶりにネットの時間がほとんどなかった。昔はオタク、引き篭もりの代名詞として「ネット中毒」という言葉が存在したが、そんなMinority(少数派)だったインターネット世界もMajority(大多数派)になってくるにつれ、「いまやSSN(Social Networking Service)は常識じゃーん」「オタクは文化だ」と、以前どこかの芸能人が「不倫は文化だ」と言い切ったくらいに衝撃的な事実となった。ちなみに、「SSN」とは、自分のプロフィールをコミュニティーサイトに登録しておくもので、高校時代の旧友、部活の先輩、生き別れの兄との再会、初恋相手との運命的な出会いを果たせるという他、出会い系サイトの危険性を全て打ち消した画期的な世界を作り出した代物。

かくゆう私も、SNSを利用して昔の初恋相手に会ってしまったし、コミュニティー(グループみたいなもの)も作ってあるし、異業種の情報を裏世界で仕入れた新人類の部類。僕の両親もやっとE-mailで僕と連絡を取るようになり、昔は句読点なし、改行なしの大変見にくいメールを打ってきたものだが、次第に適応していった。最近まで滞在していた主婦のYさんを見ていると、時代に適応することで、彼らの時代の英知を若者へ伝えていくことができる、先駆者のような気がしたのだ。若者と経験者の壁は古代旧石器時代の壁画にも描かれていたのだとどっかの本に書いてあったが、鍵は以上の一文なのではないかと思った。

d0039762_5101337.jpgさてさて、そんな中でメールとは面白い縁を提供してくれるものであるのも確かだ。とっても仕事の出来そうな女性Yさん(47ST, 9AVE時代)とスタバでたまたま会ったのがきっかけ。以前から僕のブログの読者だったらしく、一声目に「ANDYさんですか?」なので、さすがに爆笑。その後、仕事関係のメールをやりとりしていたのだが、あるとき、間違いメールで飲みのお誘いみたいなメールが入ってきた。しかし、これまでの律儀なメールとは全く違い、きゃぴきゃぴなメールだった(古いっ!)。そんなきゃぴきゃぴさに惹かれて、今度またお茶でもしましょうと誘い、1ヵ月後の今日、再会を果たす。写真は45ST,bet2&3にある「RINGO」というJapaneseフュージョン料理屋さんで撮ったものです。おいしかったよ。

さて、その彼女とは仕事での関係しかなかったが、やはりプライベートは初めて。ま、そんな緊張という言葉は僕に存在しなく、すぐに爆笑の渦へ・・。彼女も数々のコラムを書き、某新聞社で連載も持ち、多くの人をインタビューしてきた人物。ネタの充実さと、斬り込み系コラムはやっぱ見直してみて面白い!お子さんがいるとは思えない、NYをすっごく楽しんでいるイメージで、こういったパワフルな人が、これからのNYの文字社会を楽しませてくれる人なのだと思う。

d0039762_514514.jpgここ最近、週末はテニスをしています。ニューヨークの朝を思う存分楽しみ、ランチは大学周辺のレストランでとり、野外マーケットや観光を楽しんでお昼2時くらいに家に戻る。一日がすっごく長くなり、気分も爽快☆もうすぐ母がNY入りするので、できたら親子でやっても面白い。母とテニスするのは高校以来。

さて、、今週は書籍の仕事が溜まっているので・・がんばります。
[PR]
by aaandy0221 | 2006-10-16 05:15 | 僕について

ブランコNAOのパーティー

今日のファイナンスの中間テストはずっぽり山が的中し、90点はいった。よかった!3日間、集中的に勉強したが、ほんと最近勉強時間が極端に減ったと思う。でも時間じゃないね、勉強を「覚えること」から「理解すること」に変わったと25歳になって実感した。

d0039762_6573674.jpgテストが終わってから、ゆかりさんと一緒にブランコ・NAOさんのパーティーに出席してきました。NAOさんはほんと素敵な男性で、もちろん名古屋ではカリスマ美容師で有名なブランコのNAOさんで、NYでは58ST Madison AveにヘアサロンNAOを5月にオープンした、ドリーマーNAO。日本では東京の青山のみならず、フランチャイズを合わせて1500人以上の従業員を持つ美容業界の頂点NAOさん。でも本当の彼は気さくで、謙虚で、友達を大切にし、熱い情熱を忘れず、年を感じさせない若さが素敵!今回は彼のご両親、お兄さん、会社の重役さん達を含めて、盛大なオープンパーティーが開かれました。


まず、本当に驚いたのが立地のよさ。本当に、あのニューヨークのマディソン街にお店をオープンしてしまった。1階は岩盤浴のサロン、2階にヘアサロンになっており、NAOさんと、日本から唯一選ばれた一人の男性をのぞいてみんなアメリカ人。お洒落な内装と、質のよい設備が整っているのは、まぁいうまでもなく、僕が今日とってもわかったことを述べます!

それは、彼とご両親、お兄さん、従業員、誰一人として偉ぶるようなそぶりもなく、明るく、楽しく、仕事人間なんて一切感じさせない方々ばかりだった。仕事ができますって態度をして、仕事ができるのは、まぁ当たり前?笑。エネルギーをとにかくみんなもっていて、特にお父さん、お母さんの気さくぶりに感激してしまった。

d0039762_71517.jpg彼のご両親は岐阜で最初お店を持っていて、息子さん達と名古屋の栄でお店を拡大していきました。東京進出、NY進出、会社の規模が拡大するにつれて、社員との夢の共有は相当大変だったと思いますが、彼の家族4人でしっかり守っていったというのがすっごく伝わってきました。副社長さんは40代後半くらいでしたが、家族の一員と思うくらい意思の疎通ができており、名古屋のブランコの店長さんも来ていたけど、彼女も、この会社でみんなで働けてすっごく楽しい!って言ってた。

夢をなくしかけているサラリーマンなんてまだ日本にいっぱいいるの?
仕事って何?お金って何?

会社をつくるって自分の能力がどうだーとか、自分のスキルを生かす!なんて若い頃は皆思うのかもしれないけど違うと思うよ。起業とは、夢の実現だけでなく、夢の共有、夢の拡大、お客さんもこの世の中に望むべくものを作らなければいけないと思う。やっぱ従業員同士の人間性も、ブランコは特に重要視していて、それは家族のように温かく、信頼を互いに持っていると感じた。そんな組織を作りあげるのはとっても大変な作業であるが、誰かが最初にその組織をつくりはじめなきゃ、勝手にその意識は広がらない。

僕が最近思ったのは、誰しも責任感を持つことは重要でありながらも、人に責任を追及すべきではないこと。人が失敗したならば、なぜその人が失敗したのか考え、その失敗に自分の責任がないかどうか考え、逆に相手が失敗する前に自分がアドバイスしておけば回避できたのか考え、やっぱ最終的には、自分が少し相手に配慮すれば、無駄な争いやすれ違いも起きないのだろう。相手が逆に自分へ責任を課すならば、その相手が悪い人間なのではなく、そういう意識作りができない会社組織が悪い。意識作りができなかった自分の責任なのだ。そして重要なのは、それを自分の中で解決するのではなく、「常に相手に自分の上記理由を伝え、ごめんね!」と一言加えたい。

d0039762_704915.jpgま、そんな熱い思いも僕は持ちながら、美女に囲まれていい気分でした(笑)。NYではおなじみ、兵頭ゆきさんやTV・マスコミ関係も来ていました。日本人、アメリカ人半々くらいにいたけど、国際ネットワークを感じさせる、本当によいパーティーでした。何より人がみーーんな素敵でした。

最後に、NAOさんと、次期NAO継承者のAさんとで3ショット!真ん中頂きましたっ☆Aさんとはほんと気が合うし、家がご近所です。ふと気を抜くと、僕と同じくらいの年でため口きいちゃうけど、名古屋の店長時代は、300人待ちの超売れっ子だったらしいです。すごいー
[PR]
by aaandy0221 | 2006-10-13 06:59 | 僕について

久しぶりの日々の感想

我が家に旧友Yさんが滞在して以来、様々な出会いがあり、レストランを巡ったり、飲みに行ったり・・まさに嵐のような3週間だった。もうすぐ我が家にも静けさが戻ります。

最近週末はテニスをしています。
仲のよい友達と社交テニスみたいな感じで、いい運動にもなるし、気分転換にもなるからすごく楽しい。中学からテニスをやり、スクールにも通っていたので、体にあまり負担をかけずに運動ができるし、テニスをする人はいい人が多いと・・勝手に思っている(笑)。もうすぐ母もNYへ来るので、一緒に親子混じってテニスでもやろうかな(爆)

週末は、Yさんがもうすぐ帰ってしまうのでちょくちょくパーティーを少人数でしています。でも、今日から3日間篭って中間テストの勉強!この前も大学院の人と話していて、「勉強が楽しい!」って思えるのは本当にいいことだと思った。僕は成績にはそんなに自信ないけど、暗記じゃなくて、理論をしっかり理解できるのが本当の勉強と考えている。その人みたいに夜中まで篭れる体力はないけど、集中できる時にすぅ~っとやりたい。しっかし、若いって迷うなぁ~・・お肌つるつるのうちにしっかり遊んでおかないとって思いながらも、ある程度自分の内面を鍛えておかなければ将来ないし。。。

まぁいくつになってもモテモテなYさんを見れば、マイペースに、やる時はやる!でよいのでしょう。最近30代前半のかっこかわいい女性にちょー惹かれる(笑
[PR]
by aaandy0221 | 2006-10-09 10:25 | 僕について

楽しい2週間

「幸せを運ぶ」という言い方は誤解を招く人もいるだろうが、「感性の世界」では適当な言葉。

Yさんがうちに来て2週間、色んな人に会ったり、夜飲み明かしたりして楽しんでいます。出会いの中で、この人素敵だと思ったらすぐにお互いに紹介しあい、そのエネルギーの輪が加速度的に広まっていくかのようです。

Yさんは僕とNYで知り合い、それから3年来のお付き合い。彼女は3人の子育てを終えた後、英語を勉強しにNYへ留学、若者からお年寄り?まで幅広い交友関係をもち、職種、人種を超えた出会いを創り出すスペシャリストです。

彼女は日本でもとんでもない人をたくさん知っています。彼女が旅に出れば、そこらへんのおじちゃん、おばちゃんとすぐ仲良くなっちゃうし、レストランに行けばシェフとすぐ顔なじみ、ちょっと目を離した隙に美女を何人も連れてきてしまう(笑)ナンパのプロです。

僕がなぜここまで自分を考えるようになったのか?やっぱり同世代の人と付き合っていくだけでは知りえない情報を得たのだと思う。それが若者と大人の壁。

アメリカでも、なぜニューヨークだったのか?改めて考えてみると、僕が僕として認識できるようになるまでにたくさんの出会いと、たくさんの情報と、たくさんの楽しみがあったからだと思う。こんなこというと、みんなワクワクしてしまうかもしれないが、一度は訪れるべき場所だろう。もちろん、よいホテルというならば「M New York」だろうけど(爆)、できれば長期滞在してみるといい。

実は今、新しいこれからの自分のことをやっている。めいいっぱい自分の時間を使ってやっているが、全然足りない。そこにはある人からの貴重な情報がキーとして始まり、今後の自分と並行してやっているから考えることが沢山出てくる。一つは3年間温めたもの、もう一つは1年半。後者はまだ2,3年温めたい。スタートという意味でこれからも起業に関するあらゆるテーマをブログで考えていこうと思います。またメールもどしどし受け付けています☆
[PR]
by aaandy0221 | 2006-10-06 02:03 | 僕について

学び続けて

ブログのコンセプトを更新しました。
また次の話題を見つけに新しいことを探索していこうかなって気持ちです。

d0039762_1574625.jpg起業してからこれまで、一つの箱(店舗、事務所など)を作ることに四苦八苦でした。スタッフからの3者3様の要求に、時に爆発することもありましたが、最近はもうちょっと冷静になれたのかな。仕事の立ち上げは並大抵の努力というものでは解決できないほど、自分の未熟さを露呈してしまったし、スタッフとのコミュニケーション不足はポジションの距離から常に起こるものであろうが、どういった距離で接すればいいのか、それも日々勉強。

「箱作り」、なんて軽々しく言うほど甘くはないのかもしれないが、敢えて言いたい。例えば、レストランのシェフがお店を持ちたいと思う。そこで、シェフは箱を一から作る(会社作って、お店のデザインを考えて、どう広告出して、家具と在庫を揃える)ことを始めました。彼は美味しい料理を作れる、1時間で100ドルの料理を作れる人が、半年も経営で頭を悩ませ、結果も伴いませんでした。「本当に売上が伸ばせるのか?従業員はしっかり働いてくれるのか?」頭いーっぱいの中で美味しい料理が本当に作れるのだろうか?そんなところで自分の経営者ではあったが、従業員の1人としての役目も締める。

そんな意味の「箱作り」で、僕の役目は一先ず終わりかな。それは箱がお城になったから。僕はこれまでスタッフの一員であったわけで、これからもスタッフだけど、役目としては管理業と営業を一先ず引いて会社へ戻りたい。必要とされた時、必要と思える要請を受けた時、必要なだけ考えます。でも自活を失うほど強い意見はバランスを崩しかねないと思うので、今はいらない。もちろん、会社には意図を伝えているので、あとはスタッフの総意と、営業方針の再考。

d0039762_215512.jpg最近、よく自分の裏庭で密会しています(笑)。新しい目標を、これまで以上の開拓精神で切り開いていこうと思う!これからも、このブログは引き続き、アメリカで起業した体験記と学業、そして発展系の自分の目標を語っていこうと思います。これまで皆様にはご愛顧いただきありがとうございました。
[PR]
by aaandy0221 | 2006-10-05 01:50 | 僕について
「正直」について質問を受けたので、僕の体験したままのことを書きます。


僕は起業当時、プライド高く、自信ある、理論で攻める、しかしながら真っ向勝負は避けるタイプの人間でした。本を読み、周囲を理解し、勉学に励む、ある意味修練を積んできたという自負もありました。少なくとも自己の範囲内では過不足なく人生を見つめてきたわけであります。

多くの人は他の評価を元に、これならばできると思って起業に至るのだと思います。これは究極的な話になると思いますが、年齢・性別・経験に限らず、挑戦してみることはよいことか?YES。やりたいことがあるから色々やってみる?NO。

僕が何足もわらじを履いていることに評価は分かれるんですが、今は自分なりの「継続の意思」と「他への配慮」をもって接するようにしています。散々迷いましたが、自分が精力をもって情熱を掲げられるもの以外に関しては、それを始める前に断る。もしその分野に関して自分が未熟な場合は予め迷惑をかける事を他へ伝えておくようにしています。

迷惑をかけた時に「正直」が必要となりました。やはり、ひとつのことに自分が関わると、自分はその人にとっての頭数の1つとして期待をかけてもらいます。それは別に本当に能力を期待されているってよりは頭数のケースの方が多いと思います。別に自分は重要なポジションではないと思うと、自分もがんばらず、そして互いに本音を出せない環境を作り上げてしまうのです。正直に自分ができる範囲を予め伝えておいたり、できなかったら「ごめん」という方が相手の本当に言いたかったことも聞けるはずです。

正直は正直でも、無知からくる「バカ正直」は周りに本当に迷惑をかけました。自分が任されてプロジェクトを進めていた時、何人ものパートナーが色々な動きをする、もちろん自分の能力不足は明らかなのですが、それは分かった上で指示した人も「成長への期待」をかけます。そして、僕はあるミスでみんなに迷惑をかけました。指示した人が「どうしてこんなことになったんだ?普通はこうするだろ?」といわれたとき、僕は正直に「こうする選択肢しかありませんでした」と答えた。その時に指示した人が言った言葉、「そうか、正直な意見だから仕方がない・・ほんと「仕方がない」よなぁ・・・」。僕はこの時、自分の無力さは感じましたが、「バカ正直」ほどイタイものはありませんでした。リーダーの場合、「バカ正直」は絶対にあってはならない。その現場は僕も他の様々な仕事で見てきましたが、リーダーが一度決めた決断に「知らなかった」は、風船がぱーん!ってはじけるみたいなもの。

僕は2月の時、プライドを捨てて「正直」に生きようと思いました。しかし、それによる結果は、プライドがない=自信がないという印象を人に与えることになりました。「なんでだぁー、プライドをなくせと人はいうのに、なくしたらなくしたでまた言われる」。人は勝手です。AさんとBさんは間逆の性格なのに、自分はどっちの人ともうまく考慮してプロジェクトを動かさなきゃいけない。今は正確な解答は出せませんが、両者の話を聞くものの、「俺がこういったらこう進め」というしかありません。そして、いろんな性格をもった人達と交流を通すことで、出会った人の70%近くの人とまでは瞬間的に仲良くなれるよう(彼らが考えていることも推測できるよう)に目指しています。性格を理解することが、しいては究極的な一本の道が引けるのではないか、、もし何か意見があれば聞かせてください。以前述べた自論はちなみに、出会った人の30%は仲良くなれる、40%の人はどっちでもよい、30%はもう瞬間的に合わない。ちなみに僕は誰とでも仲良くなれると思ったら大間違いで、結構激しく好みがあります(経験不足です)。

人は勝手。これは僕の今の正直な答えです。そして感情的なものでもあります。自分の尊敬する人だって気分がある、父や母でも常に正しい判断をするわけではない、やっぱりいい部分を見習うべきなのでしょう。尊敬する人であっても何か調子がおかしい時がありました。僕も激しく反論してしまいました。今思えばいい思い出なのですが、「正直な本音」は師自身も変える力があるのかもしれません。
[PR]
by aaandy0221 | 2006-09-18 04:45 | 僕について
最近自分の周りでLet's Note派が増えている。

持ち運びが不可欠なビジネス&学生達にとってはもはや不可欠の要素である「軽量」かつ「高性能」。ニューヨークに日本製品を持ってくることに不安を感じたけど、海外サポート&修理も行えたのですごくよい。

Let's Noteを利用して1年半、かなりの使用頻度で利用し、先週見事に故障。海外修理工場は残念ながら日本語でのサポート受付は行っていないらしく、英語で説明した。

ひとまず、梱包して送れば3,4日以内に電話が来て、クレジット番号を伝えるだけで1週間ほどで送り返してくれる。久しぶりにPCを起動するとすごく早い・・あぁたぶん自分はファイルをかなり詰め込んでいたんだなぁということが伺える。

http://askpc.panasonic.co.jp/r/global/index.html

アメリカでPCを購入することも可能だが、日本語ソフトのインストールや、修理のことを考えると、ルーズなアメリカ人に頼むのは少し心配・・。
[PR]
by aaandy0221 | 2006-09-14 00:07 | 僕について

夢の未来

バインダー越しに見える景色、写す写真はすべて現実の風景なのに夢をたくさん与えてくれる

子供の頃に思い描いていた夢

それは物語の主人公になって夢をお仕事をすること


今日学んだこと、働いたこと、人と出会ったこと、それを価値のないものと思って一日を終えてしまうのならばそれも然り。

自分が今やっていること一つ一つが自分が本当の主人公になるまでの過程ならば・・やり続ける価値があるはずだよね。

夢をかなえる過程はとっても大変だけど、夢は必ず現実になると信じよう。


d0039762_246278.jpg

d0039762_2462232.jpg

d0039762_2464550.jpg

[PR]
by aaandy0221 | 2006-09-11 02:46 | 僕について

携帯電話

東京・下北沢。僕はこの土地で4年間の大学生活を過ごした。

先日、昔の携帯を見つけて久しぶりに電源を入れてみると、旧友や、大学時代のサークル仲間、昔の彼女とのメールのやりとりが保存されており、改めて、自分の過去は今の力になっているんだろうと思った。

僕が大学受験をする際、東京の大学に行くことを勧めた父さんは、口々に「東京はとっても楽しいところだぞ!」と言い、自分の大学時代を想いおこしたように懐かしがっていたのを僕は今でも覚えている。しかし、勉学と規律を重んじた男子校育ちの僕には、勉強、ゲーム、漫画を描くこと以外に興味はなく、大学に入ったら勉強せずに漫画を自由に書けるぞ!という想いが強かったので「楽しい」=「自由」だったのだろう。

お父さんと下北沢周辺の不動産屋さんを周り、おんぼろアパートで1ヶ月7万円の下宿先を決めたのはもう8年も前。下北沢の改札口を抜け、階段を下りて南口駅を出ると、マクドナルドやカラオケのネオンが燦燦と輝き、飲み会を控えた学生達が大勢集まってなにやら叫んでいた。女子の集団に勇敢な幹事らしき男が話しかけ、飲み屋へ引率していく様子を横目に見ながら、酒も女も遊びも知らなかった僕が飛び込んだ、「初めての挑戦」が始まった。下宿先が決まり、その足で父さんと居酒屋へ向かい、異国の地で父さんが過ごした東京の昔話、むろん女の話や危険な遊びも数々したことを語ってくれた。それが今まで父と子であった関係が、男と男の語り合いになった最初の瞬間でもあった。

大学初日、さっそく友達が4人でき、やっぱり男同士は楽だと思った。しかし、東京育ちの3人にとって、名古屋弁を話し、ださい服を着て、学食で「カレー」ばかり注文する僕に、早速、田舎者のレッテルを貼った。女の子と話すのはやっぱり緊張するし、カラオケもサークルも、女性がいるのがとても嫌だった。それでも案外、田舎者な人気というか、うぶに寄る好きものな女性が色々おり、友達達もナウい男の「いろは」を教えてくれ、「携帯」っちゅーもんを始めた買った。「ポケベル」を知らない僕が「携帯」で毎日女の子とメールできる!そりゃ~嬉しかったのなんの、友人と番号が増えていくのを競いあったくらいだ。友達が「1日50件もメールしちゃった・・」と授業中に話した時には、それはそれは自慢に聞こえたことか・・

d0039762_1152199.jpg
昔の携帯
d0039762_11521578.jpg
今の携帯


今では携帯で「インターネット」や「ゲーム」もできる時代ですが、当時は「電話」と「メール」の機能だけでした。今、アメリカで僕が使っている携帯も、「メール」どころか、「電話」の機能くらいしか使えません。電話は何台も何台も変えながら時代と共に新機種になっていくと同時に、自分の歩んだ軌跡がそこにありますね。「新しいことへ挑戦すること」は、常に支障がたくさんあります。そう、東京で田舎者と呼ばれ、女の子に振られながらも、カラオケや遊びを地道に鍛え、悔しいと思って徐々に克服していかねば、次はなかった。

あなたの携帯電話にはどんなメモリーがありますか?

[PR]
by aaandy0221 | 2006-09-08 11:52 | 僕について